ナノセルロースとは

ナノセルロースジャパン(NCJ)設立 特別寄稿
― ナノセルロースとは?-

ナノセルロースジャパン 副会長 磯貝 明
(東京大学 特別教授)

 新たにナノセルロースジャパンとして、オールジャパン体制で連携してナノセルロースの更なる実用化を進める取り組みが始まることはタイムリーで大変意義深いことです。現在までセルロース関連の研究開発に携われている皆様はもちろんのこと、石油系や無機系材料の研究開発に関わられてこられて、現在ナノセルロースにご関心をお持ちの皆様、さらに健康、医療・医学、経済学、社会学まで、幅広い様々な分野の皆様のご参加をお待ちしております。

 さて、ナノセルロースと一口で言いましても、その構造や特性は多種多様です。わずかな構造や特性の差異がナノセルロースを含む製品の品質、安定性、安全性、環境負荷、価格等に大きく影響しますので、様々な視点からナノセルロースの情報を得ることはその実用化を進めるための基本です。といいましても、ナノセルロースはまだ新しい、再生産可能なバイオ系素材であり、全容が解明されるまでに更なる基礎および応用研究成果の蓄積が必要です。世界レベルで見れば、現在まで多くのナノセルロース類の調製法、それらのナノ構造、特性、機能、材料開発研究について報告されていますので、全てはカバーできません。しかし、ナノセルロースについて共通事項として認識可能な点の概要を紹介します。

 製紙用として身近な木材セルロース繊維は、幅が約0.03 mm、長さ1~3 mmで、木材チップをパルプ化-漂白して製造されています。その原料である樹木を含むすべての陸上植物の乾燥重量の約40%はセルロースという直鎖状の多糖です。セルロース分子は20~40本が規則的に束ねられた、すなわち結晶性を有する「セルロースミクロフィブリル」を形成しています。セルロースミクロフィブリルは約3 nmと超極細均一幅で、長さが数µmです。すなわち、セルロースミクロフィブリルの幅は、元の木材セルロース繊維幅の約10,000の1の超極細サイズです。セルロースミクロフィブリルの結晶弾性率は約140 GPaと硬く、すなわち鉄筋のような役割をして、例えば樹木細胞壁中では、ヘミセルロース、リグニン成分と天然のナノ複合体を形成しています。その高強度ナノ複合体構造により、樹木は風雨に耐え、重力に抗し、長寿命を維持しています。

 ナノセルロースは、植物セルロース繊維を水存在下でせん断力を作用させることによりに「微細化」して調製されます。他のナノ材料同様、その定義は「全ての繊維幅が100 nm以下」であり、植物セルロース繊維の微細化物です。最小単位であるセルロースミクロフィブリル1本の幅は約3 nmですが、ナノセルロース類全体では定義から3~100 nmと広範囲です。100 nm幅のナノセルロースであれば、正方形の断面を仮定すると、数百本のセルロースミクロフィブリルが微細化されずに束になったまま残存していることになります。1本の幅約3 nmのナノセルロースと、数百本が束ねられたままの幅約100 nmのナノセルロースでは、表面積も数百倍の差があり、当然ながら特性、機能、高分子等との複合化効果も全く異なります。

 3 nm幅のナノセルロースは、光の波長よりも小さい幅なので水中での分散物は透明です。一方、数十nm幅のナノセルロースが光の波長(400~900 nm)よりも大きなネットワーク構造(からまり構造)体を水中で形成していると、光がそこで反射することにより、同じナノセルロース濃度でも半透明や白色になります。水中での分散状態でもこのように幅に範囲があり、分散液の見た目が異なりますが、乾燥や他の成分と複合化することで、この幅は変化しますので、様々な状態でナノセルロースの幅および幅分布を正確に測定することが求められています。しかし、まだそれらを常に可能にする分析方法・分析装置は見いだされておりません。

 ナノセルロース類の形状だけでも上記のように多種多様ですが、そこに更にナノセルロース類の化学構造、分子量、含有成分の多様性等も含めると、ナノセルロース類を学術的に分類して区別するには多くの解決すべき基礎的課題があります。それらの課題は利用目的・用途に依存する場合がありますので、それらに対応した簡便で正確なナノセルロースの評価方法の構築が求められます。

 これらの課題解決のための基礎研究と、ナノセルロースの実用化・応用研究開発を両輪で進めるためのプラットフォームとして、このナノセルロースジャパンは重要な責務を負っての発進です。これまで、多くのナノセルロース類が国内で開発され、既に一部はパイロットおよび本格生産が開始されています。また、様々な高機能材料等への実用化が進んでおり、コンセプトカーの創製にまで至っています。再生産可能な新規バイオ系ナノ素材として優れた特性・機能を有するナノセルロースの質的・量的利用の拡大は、原料供給を担う国内森林産業を活性化し、大気中の二酸化炭素の固定化-削減を進めることができます。その結果、地球温暖化、気候変動、環境・資源問題、マイクロプラスチック問題等、世界が直面する課題解決に向けて、日本がその先導に立つことができます。ナノセルロースジャパンをその礎とすべく、皆様のご支援・ご協力をよろしくお願い申し上げます。


セルロース分子からセルロースミクロフィブリル構造を経て樹木を形成する階層構造
(ナノセルロースフォーラム作成,2016年)

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